2011年7月JLPT N1真题(10)_托福机经_雅思机经_机经_真题-取经课

2011年7月JLPT N1真题(10)

作者:网络 来源:网络 时间:2016-02-22 13:51

  問題10 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

  我が身が生涯に望み、知りうることは、世界中を旅行しようと、何をしようと、小さい。あきれるくらい小さいのだが、この小ささに耐えていかなければ、学問はただの(おお)()()(しき)(注1)になる。言葉の()()(しき)はいくらでも広げられるから、そうやっているうちに自分は世界的に考えている、そのなかに世界のすべてを包める、①そんな錯覚に捕らえられる。木でいい家を建てる大工とか、米や野菜を立派に育てる(のう)()とかは、そういうことにはならない。世界的に木を削ったり、世界標準の稲を育てたりはできないから、彼らはみな、自分の仕事において賢明である。我が身ひとつの能力でできることを知り抜いている。学問をすること、書物に学ぶことは、ほんとうは②これと少しも変わりはない。なぜなら、そうしたことはみな、我が身ひとつが天地の間でしっかりと生きることだからだ。

  人は世界的にものを考えることなどはできない。それは錯覚であり、空想であり、愚かな思い上がりである。ただし、天地に向かって我が身を開いていることならできる。我が身ひとつでものを考え、ものを作っているほどの人間なら、それがどういう意味合いのことかは、もちろん知っている。人は誰でも自分の気質を背負って生まれる。学問する人にとって、この気質は、(のう)()に与えられる土壌のようなものである。土壌は天地に開かれていなければ、ひからびて(注2)不毛になる。

  与えられたこの土を耕し、水を引き、苗を植える。苗がみずから育つのを、毎日助ける。苗とともに、自分のなかで何かが育つのを感じながら。学問や思想もまた、人の気質に植えられた苗のように育つしかないのではないか。子供は、勉強して自分の気質という土を耕し、水を引き、もらった苗を、書物の言葉を植えるのである。それは、子供自身が何とかやってみるほかはなく、そうやってこそ、子供は学ばれる書物とともに育つことができる。子供が勉強をするのは、自分の気質という土壌から、やがて実る精神の作物を育てるためである。「教養」とは、元来この作物を指して言うのであって、(もの)()(注3)たちの(おお)()()(しき)を指して言うのではない。

  (前田英樹『独学の精神』による)

  (注1)(おお)()()(しき):実際より大きく見せたり言ったりすること

  (注2)ひからびて:乾ききって

  (注3)(もの)()り:物事をよく知っている人

  59 ①そんな錯覚に捕らえられるとはどういう意味か。

  1 自分は何でも知っていて世界を相手にできると思う。

  2 言葉でどんなことでも伝えられるような気になる。

  3 学問から得られることには限界がないと感じてしまう。

  4 人間が世界から学べることはいかに大きいことかと思う。

  60 ②これとは何を指すか。

  1 自分にできることを把握したうえで仕事をすること

  2 自分が世界のために何ができるかを考えて仕事に励むこと

  3 できる限り多くの知識を得て自分の仕事に役立たせること

  4 人のためにできることは何かを考えたうえで仕事をすること

  61 この文章では、学問をするということをどのような例を使って説明しているか。

  1 与えられた土を耕し、よい苗を選んで植える。

  2 与えられた土を耕し、よい作物になるように苗を育てる。

  3 与えられた土壌を改善するために耕し続ける。

  4 与えられた土壌を改善しながら世界標準の作物を育てる。

  62 筆者は「教養」をどのようなものだと考えているか。

  1 新たな気質を見いだすことができる学問や思想

  2 人それぞれの気質の中で(はぐく)まれた学問や思想

  3 生きていくうえで必要な専門的な知識

  4 書物や学問から得られた多くの知識